ピックアップ本

比留間榮子 時間はくすり サンマーク出版

インタビュー

世界最高齢の現役薬剤師としてギネスの世界記録に認定されている現在97歳の比留間榮子先生です。

榮子先生:よろしくお願いいたします。

ニシト:まずは、こんな素敵な本を届けてくださり本当にありがとうございます。

読ませて頂いた時に神社に行ったような感じがしたんですよ。神社って清浄な澄んだ空間で、お祓いをしてもらわなかったとしても、すごく心が洗われたような気がするじゃないですか。これから心が疲れたらこの本を読もうと思いました。

こうして今97歳でお元気にお仕事を起こしてくださってる姿を拝見できるっていうだけでも、すごく元気になるというか嬉しくなります。

榮子先生:恐れ入ります。恥ずかしくなります。

ニシト:榮子先生がお仕事始められた頃って女性が働くのってまだ一般的じゃなかったですよね?

榮子先生:ないです。だいたい女性は高等女学校までいらっしゃって、その後はお花とかお茶とかお嫁入りの支度をされる方がほとんどですね。それとの当時は女性が就職する口もなかったんじゃないかと思います。

ニシト:榮子先生の場合はご自宅が薬局でいらっしゃったから?

榮子先生:はい、父が一生懸命やってましたから。昔はお医者さん通いに行くっていうことが少なくて、ちょっとしたことは薬局に来られて、そういう症状を伺っては難しい場合には病院行きなさいって近所に言ってもらうように、病院行く前にまずは薬局へ行く時代でした。だからそこで会話が生まれるでしょ。

ニシト:榮子先生が75年間店舗に立ち続けられて私驚いたのは

「ありがたいことに、私は仕事が苦になるとか、やめたくなったりしたことが一度もありません」っていうこと。

榮子先生:毎日当たり前の仕事で、患者さんがねお腹痛くて苦しいとかそういう方がいらっしゃると本当に親身になって直してあげたいなっていう気持ちになるの。だからやっぱり話しこむのも長くなるし、これ飲んだら様子きかせてねって必ず言うの。よくなったら良くなったでいいし、まだ具合悪いようだったら知らせてねっていったら昔の人は正直によくなったから大丈夫とか報告にもきてくれました。

ニシト:仕事を一回もそのやめたいと思ったことがないっていうことなんですけど、多くの人が私にこの仕事向いてるのかなとか、もっといい仕事があるんじゃないかなって考えると思うんですね、その違いってなんだと思いますか。

榮子先生:私はこれしか知らないの。薬局薬剤師の仕事しか。学校時代の人は地方に戻ったりしてて、他に目移りするほど友達に会うこともなかったの。

ニシト:この世界でお客様に接してると他に目移りすることがないということですかね。

榮子先生:はい、ないです。

ニシト:情報が多いっていうのが今いいことだっては一般的には思われてますけど、実は情報が多いことによって迷いも増えてるって事ですね。

榮子先生:そうですね。ラジオしかないものね。その当時は。そのラジオもどこのうちでも全部があるわけじゃないの。電話だってどこのうちにもあるわけじゃないから。

ニシト:そういう時代だったからと思うんですけどこの75年間一回も欠かしていらっしゃらない儀式があるんですよね。

榮子先生:儀式じゃないですよ。おはようございますって入ってきて、白衣に着替えると、今度薬局に入ると、自分で小さな声でおはようございます、また今日一日よろしくお願いしますって挨拶は毎日してます。

みんな見てるんだわね。誰も気がつかないと思ってたら。

ニシト:誰もいない薬局にそうやって、朝ご挨拶をされるわけですよね。それってどういうきっかけで始められたのでしょう

榮子先生:何にもないです。当たり前だったんです。

薬局のために自分が一生働いて、お薬のことだから間違えてもいけないしね、同じ薬でもミリ数が違ったり、細かいところまでやっていかないといけないので、気持ちを落ち着かせて、今日1日何事も事故が起きないように、指導よろしくお願いしますって、自分で勝手に。

ニシト:日本人って宗教がないってよく言うけれども、私の個人的な考えとしてはもうなんか宗教というのが文化として、日本人の心に根付いてる、やおよろずの神って全てに感謝をするとか、なんかそういうことが毎朝薬局に何かお願いしますってご挨拶をされる所に表れてて、すごい素敵なことだなって思いました。

その習慣は誰か次の世代には受け継がれてることなんですかね

榮子先生:さぁ知りません。自分でするだけで押し付けたりはしません。心の中でやってくれればそれでいいんじゃないかな。人の命を預かる職業できすからね、いい加減なことでやっては大変なことになると怖いですから。

ニシト:小泉八雲さんのラフカディオハーンを昔読んでた時に、昔は日が昇るとそのいろんなところから柏手が聞こえてきたって。お日様が上がったことにも手を合わせたくなるそんな時代が日本にあったんだなと思ったんですけど、きっと榮子先生が自然にお店に手を合わせられるように、みんないろんなものへの感謝や祈りと共に生きてた時代だったんだなって。

薬局の神様にとかではなく、自然に何かに手を合わせたくなる気持ちっていうのはなんか榮子先生の代で終わらせたくない、すごく素敵なことだなって思いました。

ニシト:長年ずっと同じ仕事行ってらっしゃるとやっぱり人ってこなし始めると言うかいろんなことが当たり前になっちゃうと思うんですけど、榮子先生この本の中で

「毎日が同じように見えたとしても実際に同じ日ということはないんです。同じお客様だから今日も同じね、と思ってしまったら薬剤師は失格」とおっしゃってます。

もちろん人の命に携わる薬剤師さんだから、余計にするかもしれないけど、でも仕事も同じだと思うんですよね。本当は毎日同じなんてなくって人はみんな毎日違うし、でもどうしてもこうついつい何て言うかルーティンになんかこなすようになっていきがちだと思うんですけど。

榮子先生自身はそのことが腑に落ちる体験ってあったんでしょうか。

榮子先生:思い出すものはないですけども、毎日別のお顔でいらっしゃいますよね。お顔が違えば必ず同じっていう人はまずいらっしゃらないものね。そういうことからそういう風に自分で勝手に決めて、色々その人に合わせてお話を続けるんじゃないかなと思います。

ニシト:今さらっとしおっしゃいましたけど、「毎日人の顔が違うでしょ」ってそこがまずそんなにたぶん今人と人がコミュニケーションする時に見てないなって思いました。榮子先生にとってはそれが当たり前の事なんですよね。家族であれお客さんであれ、一人ひとりの顔が毎日違うっていうことを感じられるかというとそんなに見てないんじゃないかと感じました。

ニシト:お仕事に関しても絶対先生の口から聞きたいと思ったのが84ページに書いてらっしゃるんですけどね、お客様が怒って帰られた時に納得がいかなくって家まで行かれたって。その体験談聞かせていただけませんか。

榮子先生:朝ね、お仕事にいらっしゃるのか、夕方また帰りに取りに来るからっていう方がよくいらっしゃって。ある方が夕方取りに来た時にお店が立て込んでいて、すぐお渡しできなくて、怒って帰られた方がいて。黙って怒って帰られたら二度と来てくれない。一人でもそういうような気持ちをもたせてはいけないので、その方の家に杖をつきながら行きました。

行って謝っても、もう分かってるからいいと言われてドアを締められたのを杖で押さえて、そうしたらお話も聞いてくれて。お詫びをしましたら、向こうも心を広げてくれて、こんな所まで来てくれたのが嬉しかったのかな。

そしたらね実はねって2、3ヶ月前に奥さんに死なれて。自分一人になったらご飯も炊かなくてね洗濯もしなくちゃなんない、薬も取りに行かなくちゃなんない。それで自分が取りに行ったら待たされて怒ってしまったんだと伝えてくれて。わざわざ来てくれてありがとうね、と心を広げて話してくれたので、私も涙が出てしまって。

ニシト:私も聞いてて涙でてきました。怒って帰ったお客さんってできれば目を背けたくなる、距離を置きたくなるところを、謝りに行かれて杖をさしてでも、相手が心を開いてくれるまでコミュニケーションをされるって、榮子先生にとって当たり前かもしれないですけど、多くの人がそんなことはできないと思います。なんでそれができるんでしょう。

榮子先生:それは当然こっちが悪いんですから、あれを知らん顔してすいませんでは私はすまされない。行ってよかったと思いますよ。

ありがとうございました。

次回続きます。

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